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コンテンツ:制作/現場
わたしは森で考える
三瀬夏之介(日本画家)
いま森の中で絵を描いている。周りは古墳が乱立する風致地区。訪れる人もほとんどいない静寂のなか筆はすすむ。全文を表示
コンテンツ:制作/現場
「中上清展 絵画から湧く光」関連企画「アーティスト対談」
中上清(画家)×山梨俊夫(神奈川県立近代美術館館長)
コンテンツ【制作/現場】の作家インタビューの一環として、美術館やギャラリーでの対談記録を構築していきたいと考えています。
今回は「中上清展 絵画から湧く光」関連企画「アーティスト対談」を収録しました。全文を表示
コンテンツ:追悼/現場
追悼 片岡球子
山本直彰(画家)
1月21日、片岡先生の訃報に接した。信じられなかったが、103歳という年齢を考えれば認めざるを得なかった。不死身であるはずの巨樹が人知れず静かに逝ったのだ。全文を表示
「現場」研究会討議記録
美術図書の編集について
ゲスト:三上豊(美術図書編集者)
フリーの編集者として、小学館やスカイドアなどの出版社で雑誌・書籍の編集に携わり、画廊の記録集の編纂なども展開している三上豊氏をお招きし、美術図書の編集についてお話を伺った。
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「現場」研究会討議記録 番外編
水野亮展「物置」 関連企画アーティスト・トーク 「作品を語ることについて語る」
2007年5月26日に水野亮アーティスト・トーク「作品を語ることについて語る」(主催:芸術文化学科 於:武蔵野美術大学9号館5階515講義室)が開催されました。このトークは武蔵野美術大学民俗資料室で開催された水野亮展「物置」(展覧会期:2007年5月22日~6月8日)の関連企画です。
コンテンツ:論考
「再魔術化するアート―〈技芸〉の不可知性と遍在性についての冗長なエッセイ―」 中島 智(武蔵野美術大学/芸術人類学)
ある種のテクネーにおいて、人為的合理性の外部にある〈欲望〉と出遇ってしまったとき、人はその過剰のシミュラークルとしてしか生きられないリアルを覚知し、それまでは自らの主体によって関与してきたと考えていた世界がじつは限定された〈学習・模倣された欲望〉の反復にすぎなかったということに気づくのである。〈欲望〉というものは、無意識と同様、社会的意識(=欲求)においては非在化されざるをえないものだ。しかしながら、それはことに技芸的世界において、往昔から今日にいたるまで“survival”し続けてきた実在なのである。そしてさらに〈欲望〉の次元は、メビウスの環のごとく捻転し続けている情報化社会において、その模倣的反復そのもののシミュラークル化とともに、日常に滲出しはじめている。
本稿では、「再魔術化」という近代末期のシーニュを、こうした〈欲望〉のさまざまな示現化(精神化)プロセスを素描していくための端緒として位置づけることにした。
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コンテンツ:制作/現場 コラム
「立ちどまる時、流される日々」高柳恵里(美術家)
もう日が暮れるという頃に、とある森を目ざす。広々と田んぼが続く中に、ポッカリとその森はあって、特殊な植生が残されているらしく、管理され、見学コースもしっかりつくってある様子だった。
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コンテンツ:市場/現場
「美術と市場について」白川昌生(美術家)
ブルデューはその研究の中で芸術的市場についての分析を行なっているが、彼が注目しているのは、市場の力学は単純なものではなく非常に複雑な力がからみ合いながら動いてゆく、そのダイナミズムを失うことなく取り出してみせるということにある。
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