●2006年10月14日(土)「現場」研究会討議記録
テーマ:「越後妻有トリエンナーレ」
ゲスト:北川フラム(大地の芸術祭総合ディレクター)
(北川氏の発言)
全ての出発は「同時代の美術がなぜおもしろくないか」ということだった。ボナールや村上華岳の展覧会を1967年頃観ていて好きだったけれど、村上華岳も最後は宗教画にいってしまう。それはアーティスト個人の問題ではなく結局は美術の世界という硬直したカテゴリーに入れられているからだということがわかってきた。
僕にとって重要だったのは現代版画センターに関わったことでものを売ることは共犯者意識だということがわかった。売買がなければ作品の好き嫌いにリアリティはない。買うつもりでなければ観ていることにならない。そうした共犯者でなければ同時代の美術は成立しない。
今どの分野でも本当の意味でのフランチャイズがない。あるのは幻想の空間や美術史であり、欧米の流行だ。なぜ同時代の美術にリアリティを感じないかといえば、それは流行を追っているからであり、拠るべきフランチャイズのない状況からくるのだと思う。それはどの分野も同じで、選択は偶然に近かった。アートが僕の場になった。
現代版画センター倒産後も、自分のフランチャイズをどこに持つかという意識で、版画を自ら売り続けてきた。けれどそれだけでは生活できなかったので、都市計画などのコンペティションに出すようになった。工事中の現場にも営業に行った。施主は途中では気づかないのだが最後になって何か置こうと気付く。そうした場所にパブリックアートを設置するようになって当然美術の世界の外からの文句にさらされる。それを面白いと感じた。
そのような中で1992年ファーレ立川のコンペが行われた。ここでは街の中の様々な機能(車止め、排気口等)をおもしろくするということを基本にやった。ここでは美術史の流れは関係なく、社会性との関わり、モノとの関わりの度合いを考えて作家を選んだ。その頃というのは89年のベルリンの壁崩壊や91年のソ連崩壊、日本の政治の展開の速さなど、世界が同時的に動き出すがますますその亀裂が深まるという現象が始まった時だった。その中でボイスの言ったことが少し分かり、欧米を含めた美術を初めてちゃんと見るようになった。ただ世界の美術の流れは作られたものであって、それを時代的に観ていくことにはあまり興味はなく、同時代的な作品を観ることに興味がある。
次に、生活の場としてみたとき、都市への絶望がある。今、活動の中心としている代官山は、店・住居・オフィスの共存を目指している。阪神淡路大震災でも分かったことだが、結局災害が起きたときコミュニティは小学校の学区の枠を越えられない。そのなかでの都市の中の村、アーバンビレッジを目指す活動を代官山でやっている。
20世紀の都市の景観はミース・ファン・デル・ローエの追求した均質的な空間によって支配されている。これが20世紀の支配的イデオロギーだ。美術館のホワイトキューブによってどこへいっても同じものが同じよう見える。しかしそのホワイトキューブ自体の存在が危ない。また、その都市が病を抱えるにつれ現代美術がそのカルテを表示するようになった。だが不正確で汚いカルテも多く、それを越えて広がって行くものであれば良いがと考えた。
もうひとつ、美術というのは文明と社会、社会と人間、自然と人間の距離を科学よりも的確に示してきた。今も美術が可能ならば、それが近代化の中での労働者の都市尊重、裏日本、国営による農業放棄、豪雪地域、地震地帯という五重苦を背負った新潟妻有で、アーティストが何かできるのではと考えた。今ほとんどのものが計量可能になっているなかで時間だけが計量不可だ。地域に流れている独自の時間しかもう拠るべき生活、空きがない。それをアーティストが読み込めると思った。
もうひとつ「公共性」という問題がある。日本のいわゆる「パブリック」は「公」でしかない。本当の意味で横の関係が成立していない。 ただ、他者の土地にものをつくる可能性は膨大だ。妻有で言えば1回目は公園などの公共的な場所にしか作品は設置できなかった。それが2回目は集落、3回目は家の中まで入り込むことができた。その変化のプロセスがおもしろい。他者の土地に何かつくろうとするとき、反対・批判から学習理解、協働が生まれてくる。アートは個人的、生理的なものであり、それこそ今の世の中で赤ちゃんのように可能性のあるものだと思う。
妻有の生活の基盤は水。今の美術館はその水を抜いたものだけをやってきた。図式的にはこれからは水を抜かないものを提示することをやってみたらどうかというのが妻有をやってきた実感としてある。美術も水田を作り始めたころからの検討をやりなおさないと、美術史もこれから駄目になると思う。
●質疑応答
(地元の方の意識の変化について)
最初100人いた議員の全員が反対だった。それが今回は表立った反対はなくなった。地元の人たちはアーティストが関わったところは歓迎しているが、まだ自分達から発することはない。
(公募制について)
海外作家は推薦を受けてチェックに赴く。国内の作家は1・2回は公共性のあるものをということだったが、3回目に関してはなんでもいいといって公募した。
審査は一人で行う。多人数で審査するとプレゼンのうまい人、経歴のある人が入ってしまう。
応募してくる年齢層は幅広い。大家はパブリックアート系が多い。20代の作家は最初は面白いが、回りとの様々な関係の中で最後まで続けられる人は少ない。女性作家はまずやりだすし、頑張っていろんな壁を越えることが多い。素人の応募もあるが途中で崩れてしまう。それに対するサポート体制はない。
(地方と都市について)
都市を地方へ呼び込むということをやっている。都市の、特に大人たちは、生まれ育った場所ではない「故郷」をつくりたいと思って入り込んでいる人が多い。そのような人たちのほうが妻有に普遍性を持っている。そこが妻有を動かすチャンスかもしれない。
妻有でやることは大変だと思われていたけど、長い歴史を持ったマチエールが強く、なにかやればおもしろいことができるのだと思う。
会期に関わらずいろんな人がこの地域に入り込んで関わっているが、地域の人が都市へ出てきて交流するところまではまだ発展していない。それができればまた変わるのではないか。
(都市の「公共性(パブリックアート)」が地方の「共同体」へ入り込むことについて)
共同体のなかに作品が入ると、手間のかかるものだから皆で世話をする。空き家プロジェクトで建物を買ってもらったけれど、それを別荘として使ってもおそらくあそこではだめ。生活をして、さらに子どもがいると周りの人と関わりやすい。子どもがいなくても、アートがあることで共同体に入り込むことができる。これはアートのものすごく大きな機能だと思う。
さらに公共性を持つものが利益を生む、ということもアピールしたい。今回のトリエンナーレでは「うぶすなの家」が利益を生んだ。他にも公共性を持つものに関わることで利益を生む仕組みを考えている。
(農民運動と芸術との関わりについて)
自分が今迄で一番考えて書いた原稿は父が亡くなったときの「北川省一批判」。ある意味では宮澤賢治批判になる。日本のいろんな運動に関しては、主導者が書くことで駄目になったと思う。文章は独自の理論を持って飛躍できるが、同時に現場から離れてしまう。賢治の書いたものは好きだが、書いたことで彼が本当にやろうとしていた事とは離れてしまったのだと思う。私は書かなくて何ができるかを見たい。今回の妻有の会期中約30日バスに乗り、その他は車で人を案内していた。1日平均300キロ車に乗っていた。立川や代官山も含めてこれまでに1000回のツアーを行っている。こうしたツアーをして廻ることで、何か一緒にやっていくつなぎとしたいと思っている。
(谷川雁について)
INAXギャラリーで行われた「北川フラム展」の壁新聞より
・「工作者と自らを規定することが谷川雁の限界だった」と書いたことについて
知識人に対しては大衆の言葉で、大衆に対しては知識人の言葉で語ることで谷川は媒介者の立場をとった。けれど最近になってそれは無理があるのではないかと思うようになった。谷川は独自の正義があってそれを啓蒙して行こうとしたけれど、観念的な主体が強すぎた。
・「異質な人たちが一緒に働くことでスルリと抜けていく何かがある」と書いたことについて
アートフロントギャラリーは思想傾向のできるだけ違う人を選んでいる。同じ思想の人とはやらない。同じ思想の人ばかりが集まると良くない。たまたま集ったいろんな人とやっていくことのほうが大変だけど面白い。こへび隊もその都度リーダーを変えている。ずっと同じ人がやると既得権が発生してしまうから。
(自己をどのように規定できるか 妻有にとっての北川氏とは)
元々「アパルトヘイト否!国際美術展」「こどものための版画展」のように車に乗って回っていくようなものをやりたかった。一ヶ所で何かやることはあまり合っていない。普通の生活とは離れたところで立派じゃないようにしてやっていくのが作法としてある。一ヶ所に永くいると権威になったり立派な人になりがちだから。
その他質疑応答
(コミュニティのなかで北川氏という存在が祭りの総代になってしまっているのでは)
2012年まで作品選定はするが、違う要素、違う考えの人を入れていかないとつながらないと思っている。私が主体であることよりも交通形態をつくっていかなければ面白くない。観念ではなくインフラ。ロジスティックのやり方をつくっていきたい。
(北川氏のスタンスでのリーダーシップが他地域のそういった活動に波及していく可能性は)
似たようなことをやっているところはあるが、かたちだけでは危ない。美術に質の問題はあると思う。面白さに関して不満をもつものもある。子どもが面白がらないとだめだ。もちろん普通に使われているような「面白さ」ではない。結局本当によいものを観ていると素養が必要だと思う。
(病状提示的なものをどう反転させていくといったことがこれからの問題では)
今の病状提示的な作品はあまり元気にはならない。美術はもうちょっと人を元気にしてほしいというところが重要だと思う。
(記録/complex編集部)