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渚にて――complex創刊号への極私的註釈

北澤憲昭(「現場」研究会代表)


鮫は、ひたすら泳ぎつづける。泳ぎつづけないと鮫は死ぬ。あるいは沈む。鮫は泳ぐことによってしか浮力を維持することができない。ある種の鮫は泳ぐことによってしか呼吸することができない。

アヴァンギャルド系現代美術もまた、せわしなく泳ぎつづけることで浮力や呼吸をたもってきた。それは、近代に生をうけたぼくらの精神の在り方そのものでもあった。ぼくらは、たえず清新な水をもとめて泳ぎまわり、泳ぎまわることで生をいとなんできた。

しかし、いまはちがう。前世紀のはじめ、美術の海域にあらわれたこの鮫は、渚ちかくで、ひとしきり狂食の舞をくりひろげ、いまや芸術という無際限の海原とおく去りつつある。

いま、ぼくらは、はるかな沖をゆく鮫の背びれをみおくりながら、渚にたたずんでいる。砂と水の不確定な境にたたずんでいる。足下の砂と砂上の身体。砂は水底 へとゆるやかに斜行し、大気が水面と砂の広がりを覆っている。風が海原を波だたせ、ときに砂を吹きあげる。生あるもののように砂が舞い、水が動く。

ぼくらの生は、アルスによって支えられている。コンピュータリゼーションは、あらためて、そのことを思い知らせた。アルスは、足下の砂のように身体を支え、 歩むことを可能にする。そして、あしもとの砂は、汀を越え、芸術の海の底ふかくへとひろがっている。ぼくらの身体を支える砂は、海の器でもある。

濡れた背中を、風が、思い出したように、そっと押す。ぼくらは歩き始めなければならない。水と砂と大気のcomplex――その軸線に沿って遠くまで行かなければならない。

――2004.10.30