「美術と市場について」Vol.3 1 2 3
白川昌生
ブルデューはその研究の中で芸術的市場についての分析を行なっているが、彼が注目しているのは、市場の力学は単純なものではなく非常に複雑な力がからみ合いながら動いてゆく、そのダイナミズムを失うことなく取り出してみせるということにある。
市場に投入される商品としての作品の価値を決定するものは、売り手と買い手のやり取り以上に、売り手と買い手を支えている現場の流動的な状況を生み出して くるさまざまな要素にある。流行は、すべからく新しい流通を求めて市場に参入してゆこうとする野心ある若い世代によって引きおこされると同時に、その上の 世代との闘争によってより一層はげしいものへと変わってゆく。
価値の基準自体の変更が求められてゆく近代芸術以降の市場原理の中では、どんな権威も名作も不断の自己更新作用をそなえていなければ生き残れないのである。資本主義の再生産、流通、消費の原理が美術市場においても作用してゆく。
ブルデューは、こうした世代間闘争を美術様式の変化、受容としてとらえている。新しい世代、作家は新しい市場―場を求めており、それは不断に自己増殖をつ づけてゆく。世代間闘争は、作家、評論家、コレクター、画商、研究者等々の一群を引きこんだダイナミックな文化闘争なのでもある。
一群のグループは他のグループと敵対するか、無視するか、共闘するか以外の選択しかない。なぜなら、市場のパイは限られているからである。
またこの市場は世界的な文化経済ネットワークと重複しているため、世界経済の中心の場所に、文化の中心も重なり合うことがあってもおかしくない。経済をおさえるものは、文化をも手中にすることができうる可能性、権力をもつことになる。
21世紀の日本の経済状況の低迷ぶりは、同時に日本の美術市場の低迷ぶりと文化の低迷ぶりをあらわしている。この両者は分離などされない形で、深くむすびついている。
ブルデューの研究が日本でも出てきた80年代終わりには、これはフランスの研究で日本のそれとは違うという意見がよく聞かれた。しかしバブル以降、また 21世紀に入ってからの格差社会化への移行が現実化している日本では、むしろブルデユーの研究は不可欠のものとなってきており、その有効性、必要性はます ます高くなってきているのが現実である。
具体的に資料、サンプル、アンケートをとってゆく作業はほとんど行なわれていないが、早急に日本からも社会学的調査を美術市場、大学、教育の現場で展開してゆく研究者が出てくることがのぞまれる。
思弁ばかりの評論だけではなく、現実社会の階層意識と良識の問題にまで足をふみ入れて分析する時期になってきているのだといえる。
「各分野に固有な資本の保持者とまだそれを保持できない人々の永久闘争は、たしかに象徴的生産物の供給状況を絶えず変容させる原動力にはなっているが、こ れと同方向で進行する外部的な変化に支えられるのでなければ、ジャンルや流派、作者などのヒエラルキーの転倒というあの象徴的な力関係の深い変容へとつな がってゆくことはできない」
(『芸術の規則〈1〉』ピエール・ブルデュー、藤原書店、p.204、1995)
ここ でブルデューは、外部的な変化、つまりは経済発展の拡大にともなって生じてくる文化制度の変化、量的変化について注目している。制度の質量的変化が、その 内部で生産されてくる資本の保持者と非保持者へ決定的な影響を与えることが、近代芸術の特質であることをブルデューは認めている。
この特質は経済/文化の相関的な構造をもつ資本主義経済体制において、もっともあらわにされてくることになる。つまり象徴資本をめぐる市場の拡大、活性化のダイナミックな運動が注目される。ブルデューは外部的変化として2つの発展プロセスをとり出している。
「ひとつはペン一本で生計をたてたり、文化企業――出版社、新聞記者など――によって提供される雑文書きの仕事で生活の糧をかせいだりできる生産者の増 大。もうひとつは、次々と交替して支配的位置をめざす志願者たち(ロマン派、高踏派、自然主義者、象徴派、等々)、および彼らの生産物にたいして提供され る、潜在的読者市場の拡大。」
(『芸術の規則〈1〉』ピエール・ブルデュー、藤原書店、p.205、1995)
前者は資本保持者へ将来なりうるかなりの数の予備軍を生産して行くし、後者はそれらの生産物の消費者の予備軍として生産されてゆくのである。そして資本をめぐる内部的闘争とこの外部をめぐる闘争は相関関係にある。
内部は象徴性の正統性をめぐる闘争であるために、経済的原理とは大きく異なるものが使用されている。しかし外部はまさに経済利益と直結しており、経済的原 理によって動いているため、この両者は原理的には異なってはいるものの、ブルデューの指摘にあるように「結果においてはつねに従属している」ということに なる。
ここでも経済/文化は分離されない構造であることが認められる。
(2006年7月28日)
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