中村錦平氏インタビュー「東京焼」を語る 5 1 2 3 4 5
<モノづくりはコトづくり>
C:今後もやっぱり教育的なものを続けられて行くんですか?
N:そういう機会は今のところゼロです。「お前なんか大っ嫌い」と言っていた金沢市長に昨年末会った。今更何を言うのかと思ったら「金沢美大でがんばる気ないか」と言ったんです。僕は「もう育てるには年取り過ぎている。金沢美大に1ヶ月に1回顔を出したところで、育てるのは不可能だ。呼ぶ意味はないと思います」と言った。結局、大学の評議委員会で市長は説いたそうですけど、受け入れられなかった。金沢は、小魚は遡上させるようになったけど、僕みたいな珍種は無理。
C:最後にひとつ。作品に「るるる」って書いてありますけど、あれは音ですか?
N:僕は意匠力、模様力がないんですよ。富本憲吉(註25)じゃないが。「模様から模様をつくらず」より「焼き物から焼き物をつくらず」のほうが面白い。だけど、文字を使うことによって模様が出せる。日本人が作った文字を使えば、日本的な美意識も出るはずだ。はじめ面白く思ったのは「ゑ」だった。ところが音がよくない。リズムも出てこない。下の部分を切らざるを得ないけど「る」だったら音がいいなと思った。草野心平(註26)の「蛙のうた」で、詩人もあの音に惹かれたんだ、と自信をもった。今度はあるコピーライターの方が「生きる」「愛する」とか「食べる」とか、「る」の字いいところに目つけてますね、そのアイディア使ってもいいですか。」と言うから、自信が出てきた。
C:なんだか錦平さんの生き方みたいな感じがする。「る」って漢字で「流」と「留」両方書きますね。
N:いいねぇ。すごい嬉しい(笑)。
C:じゃそうしましょう(笑)。
N:そうしましょう。ちょっとかっこよすぎるけど。モノづくりって手探りで最初は入っていく。最初から自信なんかあるはずなくて、疑心暗鬼。評価が定まったものが良く見えてしょうがない。「このあたりがいいのかな?」と手探りで、真っ暗な中を「自由に歩いていいんだよ」と言われたときと同じで、この歩き方でいいのかしら?と。だけど、ある人がふっと「それもまた‥」なんて共感してくれると「あぁ、この歩き方でいいんだ」と。また誰かが別の視点から評価してくれると、ますます「あぁ、これでいいんだ」となる。最終的にあなたが「留」とか「流」と、いいこと言ってくれる。みんなそうです。最初から自信があるわけにはいかない。いつも疑心暗鬼なんですよ。
C:ある意味では、モノづくりはコトづくりっていう面があるんでしょうね。
N:なるほど。仰るとおりですね、ホントに。
C:ありがとうございました。
(取材日2005年10月29日)
中村錦平氏 略歴
1935年やきもの師梅山(ばいざん)3代目として金沢に生まれる。金沢美工大彫塑科を中退、銀座・中嶋で料理と魯山人の器を研究実学。初個展、ソニービル、モントリオール万博日本館の陶壁が評価され、1969年ロックフェラー財団フェローとして日米の陶芸の比較研究。帰国後、東京にも仕事場をもち「東京焼」と呼ぶようになる。同時に多摩美大で現代陶芸の講座を開く。陶造形、建築とのコラボレーション、展覧会の企画、海外で滞在制作や国際会議で講演と多角的に活動。1993年「東京焼・メタセラミックスで現在をさぐる」展で芸術選奨文部大臣賞。2005年著書「東京焼 自作自論 日本VS西欧モダンの拮抗が生んだやきもの」美術出版社。2006年3月まで多摩美術大学工芸学科教授。
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—註—
25)富本憲吉:陶芸家(1886−1963)。東京美術学校図案科卒業後イギリスに渡り、東洋陶磁を見て製陶を志す。古陶磁を現代化した意匠にすぐれる。文化勲章。
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26)草野心平:詩人(1903−1988)。福島県生まれ。中国嶺南大学に学ぶ。蛙を素材に擬音語を多用し、弱者の生命をうたう。詩誌『歴程』創刊。詩集『第百階級』『日本砂漠』など。
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註:参照
『新潮 世界美術辞典』新潮社1985
福本繁樹編『21世紀は工芸がおもしろい』求龍堂2003
中村錦平『東京焼 自作自論 日本vs.西欧モダンの拮抗が生んだやきもの』美術出版社2005
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写真撮影:倉田貴志(「東京焼」を語る 1、「東京焼」を語る 5)