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立ちどまる時、流される日々 vol.3    1 2 3

高柳恵里(美術家)

 もう日が暮れるという頃に、とある森を目ざす。広々と田んぼが続く中に、ポッカリとその森はあって、特殊な植生が残されているらしく、管理され、見学コースもしっかりつくってある様子だった。その入口に向かおうとして、それは資料館のような施設の中から始まっていることに気付いた。しかし、もう遅い時間だったので、当然館内は人影もなく真暗である。これは空振りかと思ったが、近づいてみると、見学用の木道には柵も何もない。結局、簡単に暗い森に入り込んだのだった。黒い幹のところどころが夕日でオレンジ色に光る。木道の脇は湿地のようになっていて、水辺を杉の幹が妙な形状でうねっていた。熱帯の樹木か高山の松のように這いながら根を伸ばす変わった杉である。うっそうとして暗く、今にも蚊に喰われそうなのだが、意外に足元には爽やかな風を感じる。多分、この沢の水が、扇状地の冷たい清水だからなのだと思う。もう暗くて木道の白さがたよりである。木立ちの向こうには茜色の田んぼが遠くに見えた。充分、森を堪能し、揚々として再び田んぼの中の街道を車で戻った。

 その日はここだけが目的ではなかった。一緒に出かけていた夫が行きたくて仕方がないという祭りがその地方にあって、あまり早い時刻に行くと、人混みで大変なことになりそうなので、時間を見計らっていたのである。遠くに能登半島を望む丘陵にある店にてカレーを食べ、その祭りの町に向ったのは夜の8時も過ぎる頃だった。事前に調べていたのだが、町は車の進入を規制していて、離れたところの特設駐車場からシャトルバスで行くようなシステムになっている。駐車場は2ヶ所あって、何となくA駐車場よりはずれにあるB駐車場の方がよいような気がして、そこを目ざすことにした。ところがそこに向かうルートは実にわかりづらいもので、そもそも真暗ではっきりと確認できないが、道は里山から里山へくねくねと続いていた。途中、急に分岐があったりして大変戸惑うのだが、そういう所には光る棒を持ったおじさんが突如現われて誘導してくれるのである。そしてまた暗い道を進む。ヘッドライトには林の墓場や蔵が浮かび上がる。まったく人気がないし看板もないし不安になっていると、いきなりB駐車場は現われた。あれ?意外に空地は観光客の車でうまっている。立派な観光バスも止まっている。と思ったら、それが町へのシャトルバスになっていて、私達含め7、8人乗ったと思ったらバスはすぐに出発した。妙にスムーズで少々興奮する。10分ぐらいで町の入口に到着すると、目の前の坂道にわやわやとこちら側を向いた人々が目に入った。それは延々続く人の列で、脇の夜店のライトに照らされていた。聞けばA駐車場に戻るバスを待つ列だった。夜店と人垣の間を通って坂道を登り町内をめざした。B駐車場の選択は正解だった。

 だいたい人混を避けるように生活しているし、満員電車を想像するだけで自分は人並にできないと自信喪失しているというのに、どうしてこんなところにいるのか。たいして大きくもない町、広くもない町に右往左往する観光客がぎっちり。目あての踊りの気配はまったくわからない。気がつくと、皆、腕を伸ばして携帯のカメラを構えている。その先に多分踊りの列がいるのだ。でもここは通勤列車に乗り込むところのよう。それでもそのうち動き具合に慣れて、1、2時間の間に間近で踊り手達を見物することもできるようになった。そもそも寂しげで風流なところが持ち味の祭りなのだが、誰もが本当はこういうものだろうな、と想像しつつ騒々しく踊り手達を追いかけていた。すっかりその波に乗る。写真も撮りまくる。そして、真夜中近くに町を出た。千はいると思われるA駐車場のバス待ちの列を尻目に、さっさとシャトルバスに乗り込む。B駐車場の選択は正解だった。

 車で帰路につく。谷あいの国道を1時間程行ったところに、いつも真夜中に寄る休憩所がある。閉まっている売店脇でトイレの明かりだけがぼんやり灯っているようなところである。ここのトイレの各個室の上にはツバメの巣があって、いつも何羽もとまって寝ていた。なのでいつも刺激しないようにとそっと出入りしていた。でも今日は違う。こんなところにこんな時刻、トイレ待ちで観光客が並んでいる。あの祭り帰りの観光バスがここにも立ち寄っていたのだ。疲れ気味の顔が並ぶなか、小学生ぐらいの勝気そうな女の子がツバメに気がついて、しきりに飛び上がっては手を伸ばしていた。でも、高い位置にとまっているツバメ達は首を縮めたまままったく反応がしないのだった。家に着くのは明け方になるな、とぼんやり思う。いつものことではあるけれど。

(2006年10月)

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