立ちどまる時、流される日々 vol.2 1 2 3
高柳恵里(美術家)
この季節はベランダに出ることが多い。奥行き2m弱の横長のもので、東に向いている。ところが、脇は眺めが良いものの、目の前に大きな建物があって、昼も
夜も働いているらしき人の姿が見えるものだから、あまり落ち着かないのである。そんなわけで、目隠しに鉢植えの植木を並べるようになった。最初はまったく
お金に余裕がなかったので、破格値の針葉樹を見つけて並べていたら、根が弱っていたらしく早々に葉先から枯れ始めて、生き残ったのは半分の丈になった2本
だけになってしまった。ただ、枯れきった茶色の葉はふさふさ茂ったまま枝から落ちないので、枯れ木の目隠しフェンスでいいか、としばらく放置していたのだ
が、ある時、TVニュースで繰り返される事件の犯人とおぼしき住居の軒先の大小の鉢植えが枯れて干からびたまま並んでいるのがどうも目についてしまって、
その数日後、枯枝をせっせと切断し片付け、残った2鉢は偶に動かし、その後にわかに庭づくりに燃えるようになったのである。植え込み用の木箱をベランダの
形に合わせてつくり、昔から好きだったノウゼンカズラや冬でも葉を落とさない柑橘系の小低木を購入し、前後に配置することで、以前よりもぐっと2m弱に奥
行きを出すことができた。ただ、柑橘系の木はどうも寒さに弱いので、冬が近づくと、木枠を組んだりして工夫し、ビニールシートをかけ、そこだけ温室のよう
にして囲ってやったりした。それでも隙間から入る寒風で、冬の度に弱ってしまうのと、冬場の水やりを怠っているうちに、これもまた数年後枯れてしまった。
今度は早々に処分して、新たにさわやかな落葉樹に植え替えた。徐徐に6Fのベランダはしっとりとした気配を漂わせる。時には、関西方面に、江戸期にはやっ
た園芸植物を育てている珍しい植物園をみつけ、ほぼ病気かと思われるような奇形の植物たちに興奮しつつも、最後には楚々とした微妙な斑入りの小さな草々を
買って帰り、ベランダで鉢植えにして足元に配置した。様々なかたちの小さな素焼きの鉢を、風景をいじるように、いかに並べようかと楽しんだ。春先から夏へ
と、足元にはシダやギボシや苔が生き生きとし、風に緑の葉が音を立て、ノウゼンカズラの花が揺れる。随分と心身を潤わせてくれた。ただ、いつの年からギボ
シがすっかりなくなっていたり、いくつかある小鉢の植物が同じものだらけになっていたり、植木を入れている箱の四隅がパッカリ開いて土がこぼれそうになっ
てきたり、蟻との戦いの年があれば、今年はダンゴ虫だらけだったりと、栄枯盛衰を繰り返すうちに、いつの間にか景色をコントロールする気分はなくなってい
た。今はただ、なるようになっている。
ふと、ベランダから部屋を振り返り、何か同じことが起きているように
感じた。ここに越してきた当初、狭い空間をいかに無駄なく使うか、と工夫を凝らして、床から天井まで、ハリからハリまで、隙間なくはめ込めるような収納家
具をいろいろつくった。本もAV機器も、上下左右、無駄な空間を極力出さないつくりである。くつろいでは、そんな具合の快適そうな眺めを楽しむこともあっ
た。ただ当然、数年経つころには、上に積み、前に置き、本棚の本の上の微妙な隙間にまで、薄い本を差し込み、状況はどんどん複雑になっていくのだった。ま
たある時は、アンプが壊れ、CDもLPも何もかも聴けなくなってしまったが、あまりにどれもピッタリはまっているので、コードだけはずしてそのまま綺麗に
納めたままにして、買ってきたMDラジカセを手前に置いたりした。木製のスピーカーは小物置きである。窓辺にうずたかく積まれた文庫本が、豪雨のある日、
うっかり窓を開けたまま出かけてしまって、帰ってきて部屋じゅうに散乱しているのを見て、もしや泥棒かとびっくりしたが、よく見ると一冊一冊が水分をたっ
ぷり吸って、扇状に頁がひろがり、そのせいで崩れたことに気がついた。他に置くところもないので、もとのところに、扇状を交互に組むようにしてまた積み上
げた。数日後には表紙同士がくっついていたり、頁をめくるとパリパリいったり、というより、とても一頁一頁がめくれない。そんな具合で、使うものにも使わ
ないものにも所定の位置があって、今は動かすこともままならない。いつの間にか、工夫もコントロールもする気は無くなっている。もう10年は経つ。実は近
々ここを出る予定がある。去り難い愛着もどこかあるなか、後にするにあたって、こうやってここでの何ということはないいきさつをたどることが、心身を落ち
着かせるような気もしている。
そう言えば、ここの大家は下の階で歯医者を営んでいるが、そこの老先生も引退 したのか、近頃は見かけない。老先生は微妙に女言葉を使っていた。しばしば話をすることはあったが、ある時、表玄関ですれ違っても反応がないので背中越し に挨拶をすると、「あー気づかなかった。びっくりしたー。あなた、背が伸びたでしょ。」「いや、そんなことないですよ。もう伸びないですよ。」「いえいえ、絶対伸びた。」、と言われた。多分、別の階の住人の娘と間違えていた。
(2005年7月)
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